No.20211210 たった1℃の差が生・死を決める

2021年ノーベル医学生理学賞温度センサーTRPV143℃が 「がん」を殺す

 

先のブログN0.20211126「キムチ鍋は熱いほうが辛い」で、2021年ノーベル医学生理学賞は温度感受センサーTRP発見者デビッド・ジュリアス博士が受賞したことを報告しました。

温度感受センサーの1つであるTRPV1は、43℃以上の熱刺激で活性化されるとともに、唐辛子の成分カプサイシンや酸、痛みのセンサーでもあります。

 

なぜ43℃なのか、43℃って何か意味があるのか?

43℃は、温熱生理学では大いに意味ありの温度です。

実は、 細胞は42℃なら生きているが、43℃になると死んでしまうのです。

43℃は細胞の生と死を決める重要な温度(限界温度)です。

42℃と43℃ではたった1℃の差ですが、細胞にとっては生きるか死ぬかの分かれ道なのです。

 

43℃以上が痛みとなって感じられるのは、ヒトは“痛い”と感じればそれを避けようとするので、

傷害や死を避けようとする合理的な仕組みで、それを温度センサーTRPV1が担っています。

がんの温熱療法の仕組み                                     

1.温度と細胞

1は、温熱生理学ではとても有名な温度と細胞の生存の関係を示したグラフです。

細胞は42℃では生存、43℃では死

細胞の生・死は1℃の差で決まる

 

正常組織は加温しても熱は血流で放散する。

がん組織は加温で熱がこもり、温度が上がる。

がんは死んで(43℃以上に)、正常は生存(40℃)に加温する

 


グラフの横軸は「加温時間()」です。縦軸は「対数目盛の生きている細胞の数」です。

40℃や41.5℃では、500分加温しても生きている細胞の数は殆ど減少せず、細胞は死にません。42℃でも200分後にやや減少しますが500分まで変わらず細胞は生きています。42.5℃になると加温時間とともに直線的に生きてる細胞の数が減少し、400分後には10000個の細胞が1個になってしまいます。さらに43℃では、加温と同時に細胞は急激に減少し、100分後には10000個の細胞が100個に減少し(1%生存)、その後全滅します。すなわち、42℃では殆どの細胞は生きているが43℃では殆どの細胞が死んでしまいます。

 

 これは、43℃以上に温度を上げると、細胞の核の中のDNAにある細胞死(アポトーシス)を誘導する遺伝子が発現し(43℃以下ではOFFになっているが、43℃以上になるとONになる)、細胞を死へ導くからです。

*細胞の核にあるDNAには2-3万個の遺伝子があります。それらの遺伝子は、全部がON(発現)しているわけではなく、必要な遺伝子のみがONになっており、必要でない遺伝子はDNAに存在しますが、OFF(発現してない、働かないで休んでいる)の状態になっています。

例えば、心臓の細胞も2-3万個の全ての遺伝子を持っています。2-3万個の遺伝子のうち、心臓の働きに必要な遺伝子はONとなり働いていますが、他の肝臓や腎臓等の働きに必要な遺伝子はOFFになっています。

2.がんと43

 いろいろな現象を治療に利用するには、42℃と43℃のような1℃の差で細胞を生と死に分けることは大変有意義な手段です。

 43℃以上でがん細胞だけ死んで、正常細胞は生きていればがん治療に利用できるのですが、43℃以上ではがん細胞も正常細胞も死んでしまい、これだけではがんの温熱療法には利用できません。限界温度の43℃を利用する温度変化だけでがんを殺すことはできません。そこで、次に重要になってくるのが、正常組織とがん組織の血管系の違いです。

3.がんと血管系

 図2.は、正常組織とがん組織の血管系の違いを表した図です。

 図2ピンクの□の部位を加温すると正常組織の血管は拡張し、血流は速くなり、加温した部位の熱はすぐに血流で運び去られ、加温部位の温度は正常に戻りますしかし、がん組織では、がん細胞自身が増殖するために栄養や酸素を多く取り入れようと、がんが放出する血管増殖因子により、新しい血管がどんどん作られます(これを*血管新生という)。しかし、正常血管とは異なり、がんの作る血管はもろく、熱を加えても拡張しません。よって、図2ピンクの□のがん組織を加温すると、血流で熱が運び去られず、熱が加温部位にとどまり、がん組織は熱がこもって温度が上がり熱くなります。即ち、がん組織を43℃以上に熱くすれば、がんは死滅します。

 例えば、正常組織と癌組織を同じ43℃で加温すると、正常組織では熱は血流にのって逃げ(放散)て、42℃、41℃、40℃と温度が下がり、正常細胞は死にません。しかし、癌組織では熱がこもり43℃になりがん細胞は死滅します。

 このように、がんの温熱療法では、正常組織と癌組織の血管系の違いと加温した時の両者の温度の差を利用して治療に適用しています。

*血管新生阻害剤:癌の増殖を抑制するがん治療薬の1つ。

 

癌細胞は自身の栄養供給のため新しい血管を作り周りから栄養を奪い増殖していく。よって、この癌細胞の血管新生を阻止すれば、癌細胞への栄養供給が阻まれ、癌は増殖できない(癌細胞自身を死滅させることはできないが、栄養不足で大きくなれません、うまくいけば栄養失調で死ぬ)。

一般に、温度が高いほど速く反応します (料理でも熱すると速い)

無機物の化学反応は高温側に制限が少ないですが、生きている生物にとっては、適温があり、温度に依存します。生き物にとって、生命活動の大きな決定因子の1つが気温・温度・熱です。

生き物の最小構成単位は細胞です。ヒトは37兆個の細胞から出来ています。その細胞が死ぬ温度とは、何℃なのか?

3は、図1と同じですが、横軸に絶対温度の逆数(処理温度)をとり、縦軸は図1と同じく細胞生存率を対数目盛でとったアレニウスプロットです。

 

42.5℃で折れ曲がる(屈折点)2相性の折れ線グラフとなります。即ち、屈折点42.5℃のところで、細胞は温度に対して大きなエネルギー変化が起こっていることを示します。細胞は温度変化に対し、42.5℃までは、1130KJ/molの大きなエネルギーが必要ですが、42.5℃を越すと、643KJ/molと約1/2に減少し、細胞は死に始めます。細胞は42℃では生存し、43℃では死滅する-1℃の差が生死を決める。生物種によって、屈折点は異なりますが、36-37℃付近で培養するヒトの細胞及び多くの細胞は42.5℃に屈折点を持ちます。しかし、どんな細胞も屈折点(生死の分岐温度)と細胞の生存に最適な温度との差が、約67℃です。(これは興味深い現象なので、別のブログ:なぜ体温は37℃かで説明)なんと、生き物が熱ストレスを感じてヒートショックプロテイン(HSP)を増加させる温度が、屈折点42.5℃付近なのです!

 

即ち、HSP入浴法の温度42℃、41℃、40℃なのです(42.5℃以上では細胞が死にはじめるので42℃以下で熱ストレスを感じる温度、4240℃となります)HSPは、ストレスで細胞が死なないように私たち、生き物をストレスから守ってくれます。

HSP入浴法はサイエンスに基づいた入浴法なのです。

 

今日も、HSP入浴法でサイエンスの香りを味わいながら、元気になってください!